精神的自由を奪うということについて

私は結婚はしているけれども小遣い制とか何でもかんでも妻の許可が要るとかそういうことを一切やっていなくて、それらは私がこの日本において特に忌み嫌っている事象の一つであって、もし私が最高権力者になったらそういったことを法律で厳しく禁じたいと思っているほどなのである(笑)。

専業主婦ではないからそういうことが言えるというのもあるかもしれないけど、だからこそ、専業主婦にはならないし子供も作らないと決めている、ということにつながっているかもしれない。

専業主婦になって狭い世界の中だけで生きていると、精神的な自由を奪われてしまう、それはわたしがこの世で最も恐れていることでもある。私は過去にそういうことを実際に体験して、本当にとても恐ろしいことであると身にしみたので、今後は絶対にそういうことをされたくないし人にするのも絶対嫌なのである。そういうことを体験したことがない人は、他人の精神的自由を奪うということについてあまりにも無頓着というか無自覚で、そもそもそういう虐待がこの世に存在するということも知らないのではないか、と感じることがよくある。そう、これはれっきとした虐待なのではないかと思うね。

男性に対しても、小遣い制にするとか何でも妻の許可が要るとかってことを課すことによって同じように、精神的な自由を奪うことになっていると思う。金銭的、物質的自由がないということだけでは済まなくて。長年続けるうちに、自分は本当はどう思うのか、本当はどうしたいのかが分からなくなってしまうだろうと。本当はどうしたいのかは分かっているんだけどそれについては口に出さない、それについては考えないようにしているっていううちはまだマシで、そのうちだんだん本当はどうしたいのかが自分でも分からなくなる、自分の考えがもてなくなるということである。

私は一時期自分が何をどうしたいのかが全く考えられなくなって、その対象の相手と離れてからもすぐに元に戻るというわけにはいかなくて、未だに後遺症が残っていると感じることがたびたびあるほどで、本当にこれは恐ろしいことだなと。

世の中には、そうやって自由を奪われることに逆に喜びを感じる人もいるようなのだが、私には絶対無理だ。

オアシスの'Roll With It'が私は大好きなんだけれども、ここで歌われているように、自分の内側から何かが失われていくような感じが、私がもっとも恐れていることなのである。